ラーメン山岡家

山岡家辛味噌ネギチャーシュー

こんにちはとしはるです。

そうです、そのラーメン屋とは店の前を通るとくっさい臭いを放っている あの山岡家です(笑)

ここで山岡家について簡単に説明しておきます。山岡家は四国生まれで 自衛隊上がりの社長さま 山岡正氏がもともとは茨城は牛久で始めたラーメン屋です。むこうでもじゅうぶん売れていたのですが 度々観光で札幌には来ていたようです。で (こっちには あまりうまいラーメン屋がないなー やれば売れるかもしれんなー)

ということで出した店です。ところが土地勘がないので1号店はススキノゼロ番地で昼から営業してました(わらっ)

とうぜん客が来るわけもなく (ひまだなー こっちの人にこの味は合わないのかなー もう帰ろうかなー)と言っていた矢先 あの狸小路2丁目に出した2号店店が売れだしたのです。

一度 火がつくと早く あれよあれよというまに10何軒出店していました。当時 東京のほうではバブ

ル崩壊が叫ばれていましたが、波というのは遅れて来るもので札幌も景気は悪くはありませんでした。

1ヶ月に1千万以上売り上げる店が何軒もあり社長はウハウハ言っていました。

その売り上げで毎晩 社員6,7人連れて キャバレー キャバクラと3軒くらいはしごしていました。

ここでこのラーメン屋がなぜこんなに売れたのか私的に分析してみたいと思います。

まず当時 札幌にはトンコツのラーメン屋というものがほとんど なかった。ススキノの蛾次郎くらいかだったかな。

あと 券売機で食券を買うというスタイルもなかった。百貨店のレストランくらいですかね(ははは)で 麺のかたさ 味の濃さ 脂の量を自分の好みでオーダーできた。

こういうのはなかったんですよ。

さらに 創業当時らーめん一杯500円なーり 安っ(喜) 他の店は650円前後が多かった。

さらにさらに 新店オープンの際はその店では一ヶ月間一杯300でセールしていました。

つまり 新しい味 新しい営業スタイル 新しい提供方法 値段の安さ 怒涛のオープンセールこれらで売れるべくして売れた ということでしょう。

まあ ラーメンそのもの 営業スタイル 提供方法は本家横浜 吉村家に倣っただけなのですが 札幌の人にはなにもかも新しく観えたので驚きと賞賛をもって受け入れられたのですね。

次回 山岡家イン今村俊春

こう御期待

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